「地震予知はできない」と割り切るのはまだまだ早い. 本チャレンジは,電子的に蓄えられた地震活動の履歴データだけから計算機 を用いて未来の地震の情報を得る「地震データマイニング」の手法を人工知能から打 ち出すことをめざす.チャ レンジの目標としては危険区域を推定することに限定して短期決着をめざすが, 伏在 断層の発見や地震学研究者との議論の支援など, 人工知能の研究者が力を発揮できる 研究は適宜含める計画である.
われわれのチャレンジが成功し, 要注意活断層の位置を絞 り込むことができれば,廉価かつ早期に危険な地域を 知ることができるようになるだろう.
地震データマイニング 〜人工知能からのアプローチ〜
ひとつの方法論に過ぎないが、近い将来発生する 地震の発生時刻を推定する短期予測よりも, もう少し長期間のうちに発生する地震 の発生位置を求める長期予測の方が実現が現実的である. たとえば、この「もう少し長期間」として数10年程度を想定した震源予測をめ ざすものにFatal Fault Finder があり、内陸(活断層)地震の原因となる潜在的な地 殻運動と, 危険な活断層を推定する効果を見せている.
- Fatal Fault Finderの場合
概して, 大きな歪みが蓄積されて今まさに動き始めつつある活断層が近い未来 の大地震の震源となる可能性が高い. Fatal Fault Finderはそのような断層の発見を狙う.
Fatal Fault Finderでは地震履歴の解析に, KeyGraphなるキーワード抽出 アルゴリズムを用いる.元々これは,文書の意味構造を計算してグラフ表現し, そのグラフを基に文書での主張のこめられた単語をキーワードとして抽出する アルゴリズムであった.
Fatal Fault Finderでは先ず,地震関連の観測所から提供される地震履歴データの各地震で 活動したとみられる活断層を地震発生順に羅列する.すると,地震履歴は単語 列となる(断層名が各単語となる).ここで重要なことは,比較的規模の大き な地震は地殻活動の区切れになると考えられることである. というのは, 大規模な 地震によって大きなエネルギーが放出され, ある部分の地殻の移動の速さと向きを 変化させるからである. そこで一定のしきい値以上のマグニチュー ドの地震発生の箇所にピリオド(.)を挿入すると, そこにできる文字列は形式的 にだけでなく, 地震の履歴にとって意味の在る「文章」となる.
人の書く文章では考えの基礎となるいくつかの土台の上に主 張が立てられるのと似て,地震履歴では普段から動いているいくつかの大断層の動き に挟みつけられた断層が圧迫されて新たな大地震を起こすと見てみよう。 すると,地震履歴から得られた上の「文章」をそのままKeyGraphで処理すると, そこで得られるキーワードは新たに大きな地震の発生する可能性の有る活断層 を示すのではないか。
実際、1985年から1992年までの地震履歴データについて上記の処理を試みたところ, 阪神淡路大震災の震源となった野島断層がその周辺の伏在断層の動きの間で強いスト レスを受けて危険度を増していたことを示す結果が見られた。 この他にも, 1993年の北海道南西沖地震の震源など、実際に起きた地震の震源断層 を事前のデータから危険とみなしている。最近のデータからは九州、兵庫西部、京都 北部、伊豆東部、東北内陸部、中部地方などにおいて危険域が移動しながら存続して いることを示す出力となっている。
ただしパニックに陥らないで頂きたい。まだまだ これらが十分信頼できるかどうかを議論し、新たに危険断層発見アルゴリズムを展開 していく段階を経なければ、これらを「予知」として世に見せるわけにはいかない。 あくまでも、これは簡単な計算ソフトの出力にすぎないのである。 そして、「これがわれわれの予知だ」と信念を持って言えるところまで行くのが このチャレンジの目標である。さて、われわれの遠いだろうか近いだろうか。それを 決めるのがあなたのチャレンジです。
- 想定されるチャレンジのシナリオ
- モデルを育てる
人工知能ではもともと計算機を用いて実環境の問題を処理することが重要視 されているから, 新たに取り組む問題に新たなモデルを開拓するということは当然視さ れる. 実際, ベイジアンネットワークによる時系列理解, もっと 変化の激しい時系列に対する推論や学習の手法は人工知能の産 物である. それ故, 複雑な地震のメカニズムをモデル化するという仕事に人工知 能研究者は適性を有すると考えられるのである.
KeyGraphの地震への適用も, テキストマイニングに関する研究からヒントを得て, テキス トから意味のある部分を取り出す問題に帰着した経緯があった. ここでも人工知能の近 接分野が新たなモデルが育つ温床として役に立っている.
ここで提出するシナリオ案は言葉にすれば簡単で「人工知能として提案 できる因果モデル・時系列モデルを地震時系列にあてはめ, 未来の地震についての情報を 得る」という話となる. (この「あてはめ」がKeyGraphでは文章と地震時系列のアナロジー だった)
- インタフェース研究
上述したとおり人工知能から良いモデルを提案・立証していく以外にも, 人工知能から地震 予知への貢献の道はいろいろある. 地震研究においてみるべき情報がわかりやすく伝わるよう に地震履歴の見せ方を工夫するインタフェース研究も重要である.
インタフェースの簡単な工夫はすぐに思い付 く. たとえば, 一定期間に発生した地震を全て地図上にプロットした一枚の地図が上記サイト などで提供されているが, これを, 発生地点を次々に地図上に表示して行く動画像にする. そ のようにすると, ある地域に密集して発生した地震が一過性の群発地震だったのか, それとも 次第に強まって行く地震活動を意味するのかが区別できる. 更に3次元(深さを加える)画像で 地震の箇所をプロットするとプレート間地震と内陸断層地震を区別できる.
しかし, それだけでは人工知能の貢献というより表示ソフトの作成に過ぎない. より知的なシステムとして, 研究者が取り入れるべき重要な視点を発見して, その視点か ら地震情報を可視化する枠組が求められる. さらに, 異分野研究者間の議論支援が極めて重要 となる. 人工知能から提案したモデルを地震学者が少なくとも議論の相手として受け入れるに は, われわれの考えを彼らが理解できるように支援する必要がある. そこでは, 双方の用いて いるモデルが物理的に持つ意味の差異を可視化する技術などが役立つであ ろう.
そして何よりも, 地震予知情報は研究者だけでなく一般の人のためのものであることを忘れて はならない. 根拠もなく出た結果を示すのでは社会にパニックを引き起こすだけである. どう いう意味のモデルで出たどういう意味の結果であるかを人がわかる情報, すなわち知識として 生成するために, データから知識発見に至るプロセスを地震予知情報に適用す る方法も求められるであろう.
ヒトゲノム計画の例を見てみよう. ヒトゲノム計画では研究者たちはヒト遺伝子の構 造についてデータを共有した. そして独自のモデルをあてはめて遺伝子の役割について解 明を進めている. これとほとんど同じことを地震データについてやろうという, 極めて単 純な提案が本チャレンジである. そして, われわれは誰もがそのスタート地点に着くこと ができる. すなわり, 無料で手に入る地震時系列データがあるのである. ftp.eri.u-tokyo.ac.jp/pub/dataにName:guestでログイン(ただし研究目的に限られるので ac.jp, go.jpからしかログインできない)し, 以下のデータを入手できる.さらに, 地震の震源を地図上に表示するサイトとして
- JMA: 気象庁により収集されたデータ.
- 日本国内については均等にデータが得られる. 月報や速報などがあり, 合わせると1963年からごく最近の地震データまで手に入る.
- JUNEC: 国立大学観測網により収集されたデータ.
- 国立大学の場所によりデータ分布に偏りがあるが, 地域によってはJMAよりも詳細である. ただし1985年から1993年までしかデータがない.
- HARVARD: ハーバード大学により収集されたデータ.
- データが1977年から1994年までの全世界に渡る地震を含む.
などは活断層の位置を把握するのにも役立つ.
- AUTO CMT:
- http://woodstock.eri.u-tokyo.ac.jp/EIC/webSEIS
- HyperDRPmap:
- http://psyche.rcep.dpri.kyoto-u.ac.jp/~katao/macsoft/DPRImap-man/DPRImapManual.html
(マッキントッシュ専用の地震閲覧ソフトを無料でダウンロード可能. )