今年度の全国大会では昨年に引き続き,人工知能学会 学生PC委員による学生企画を実施いたします.
テーマ
「各世代のAI研究者に問う ―「善く生きる」の捉え方―」
概要
研究者(科学者)の役割は,ただ新しいものを作り出すだけでなく,その背後にある問題や解決策を共有可能な「モデル」に抽象化して落とし込むことにあると考えられます.ここでいう「モデル」は,研究者が考える,どんな世の中が望ましくて,どんなモデルを構築すべきだと考えているのか,といった「人生観/研究観(Vision)」をもとに洗練されていくことになるものです.
現代では,計算機システムが生活に浸透し,その存在が当たり前になりつつあります.しかし,この流れに身を任せ,Visionなく無指向に研究を遂行してしまうと,「とにかく優秀な能力を備えた機械を作ればいい」という短絡的な思考に至りかねません.
場当たり的な研究でなく,研究をうまくControlしていくためには,暗黙的に備えている「良く(善く)生きるとは何か」を明確に意識し,そのVisionに基づいて「どんな未来をデザインしたいのか」の指針を持って研究していくことが重要になってきております.
こうした背景を受け,今年度の学生企画では,異なる時代の中で,そうした人生観/研究観を培われた方々が,個人として,どのようなVisionの下,自らの仕事に取り組まれているのかをお伺いし,若手が自らのVisionについて深く考える機会を創出することを目指したセッションを企画します.
本セッションは,上記テーマに関する招待講演に加え,参加者の皆さまからのご質疑・ご意見を反映させられる形式で議論を進行したいと考えております.
セッションの詳細は,人工知能学会2020年度全国大会ホームページにて,随時お知らせしていきます.
講演者
溝口 理一郎 氏
(北陸先端科学技術大学院大学 フェロー)
パターン認識における統計的パラメータ学習や音声認識の研究をしていた時代から現在のオントロジー工学までの研究歴を振り返りつつ,困難な問題に挑戦してきたことをお話しします.そして,それを支えてきた研究の進め方における15の原則について述べる予定です.例えば,①言い訳無用,③流行語を使うな,⑦しつこくチャレンジせよ,⑩自己制御力を鍛えよ,等があります.更に,現実の研究生活で出くわす困難さを乗り切る9つの秘訣についても紹介したいと思います.例えば,(2)10分で済む仕事はすぐする,(3)いつもOSになった気持ちでいる(メタ認知),(9)見栄を張って,忙しいことを気づかせないようにする,等です.でも,一番重要なことは「本質的な事に興味を持って研究を楽しむ」事だということを伝えたいと思います.
[ 未回答質問に対する溝口先生のご回答 ]
池上 高志 氏
(東京大学 教授)
心や意識,Agency,生命は,確かにあると感じつつも,それを目で触ったり定量化できたりできないものである.そこに新しい実在論がある.目で触ったり定量化できなくとも,僕らの思考や認識は確かにそうしたもので形つくられている.それだけではなくて,さまざまな学問体系も作られてきたのである.これから新しい科学領域を立ち上げるにあたっても,新しい言葉や数学をつくっていくことが大切である.それらに対応する現実の何かは,あとから発明されるのだ.僕自身は,可能性としての生命=ALifeを研究対象とし,ニューラルネットワークやカオス力学系,自走する油滴,大規模の群れ,アンドロイドを用いた研究してきた.しかし未だにアンドロイドやコンピュータの中のエージェントに心が生まれた,という確信が持てたことはない.何が足りていないのか.ブルックスのジュース?僕の場合には,アンドロイドと人間との相互作用をつくってあげることで,アンドロイドに心を組織化することを考えている.人工のシステムに宿る心を”Offload Agency”と呼でいる.本公演では,アンドロイド Alter を用いた実験を題材に,人間と機械のあいだ,について議論する.
田和辻 可昌 氏
(早稲田大学 講師)
私は不気味の谷現象に興味があり,不気味さを誘発する人間の情報処理過程を理解することを目的に研究を進めています.特に,このような情報処理過程も実際にどのように脳の構造によって支えられているのか,という点についても関心があります.不気味の谷現象は,人間と機械の境界にある存在に対する人間の特異的な反応であり,人工知能研究に限らず「ヒトとは何か」を考える上で,多くの分野に渡って重要な現象です.このような現象と触れ合い,学部から大学院における研究活動を通して,私の研究における問いや研究に対する考え方がどのように変遷したのか,また「善く生きる」ために,どのような考えをもっているのかについて共有したいと思います.
皆さまのご参加をお待ちしております.